子供の頃住んでたボロアパート

なれそめプロローグ

僕の過去の話を少し漫画にしていくことにしました。


奥さんとの馴れ初めの漫画を描く予定があって(そんな需要が本当にあるのかわからないけど)、その前にもっと過去の話を出しておいた方ががいいかなと思ったからです。


ひねりを入れたり大げさに描いたりする予定がないので、漫画というよりイラストつきの古い思い出の絵日記という感じになるかもしれません。


アメブロで公開している娘のもっちゃんの漫画とは違い、可愛かったりほっこりするようなエピソードは少ないと思うので、おもしろくないかもしれませんが、興味のある方はぜひ見てくださいね。



中途半端なボロアパート

記憶を頼りに僕が高校2年生まで家族と住んでいたアパートを描いてみました。うちの家族構成は両親と僕、そして2つ年上の姉がいます。


築年数わかりませんが、ボロボロのアパートの2階に住んでいました。1階は薬局かなんかの倉庫になっています。


子供の頃僕はこのボロアパートがイヤで仕方がありませんでした。もっとボロ屋に住んでいたり極貧生活をしている人もいると思うので比較すると中途半端ではありますが、貧乏の度合いに勝ち負けはありませんからね。普通に、単純に、子供ごころとしてイヤだったんです。


お風呂はなく銭湯通いをしていました。もちろん真冬の雨の日でも行かねばならない時もありました。今はうちにお風呂があることが幸せでたまりません。旅館などで大浴場があっても部屋にお風呂があれば僕は部屋のお風呂に入ることが多いです。子供の頃の体験の影響は大きいのでしょうか。僕は二十歳で一人暮らしを始めた時から新築の物件にこだわって住居探しをしてきました。狭くてもきれいな家に住みたかったんです。


道路に面した一階が全面シャッターで扉らしきものがありませんので一見住居に見えず、どこから入るのかわかりません。


どこから部屋に入るのかというと、

隣の家の塀との間の細い路地を進んでいくと入口の扉があります。



階段落ちで流血

扉を開けるとすぐ2階への階段があります。


余談ですが僕はこの階段から2度転がり落ちたことがあります。


1度目のことは覚えていませんが、2歳か3歳ごろです。後頭部に2針の傷が残っています。


2度目に落ちたのは幼稚園の頃ではっきりと覚えています。母親との昼寝中、母親が寝るのを見計らって、ピンセットを手に取って外にアリの観察に行こうと思ったんです。なんとなくピンセットでアリをつまむという行為を母親が許してくれないと思ったからそういう行動をとったのだと記憶しています。


気づかれないように寝ている母親の様子を伺いながら、そぉ〜っと後ろ向きで階段を降りようとしたところ、足を踏み外してゴロンゴロンと激しく回転しながら下まで落ちてしまいました。


叫び声を聞いて母親が駆けつけた時、どこでどうなったのか僕の人差し指はスパッとではなく、ぐちゃっと裂けて血だらけになっていました。指には7針の傷が今でも残っています。



夕焼けに染まる部屋

アパートの間取りを描いてみました。いいかげんでごめんなさい。


最初に出した外観のシャッター面は南側で、それが間取り図の右です。


陰鬱な外観とは裏腹に、南と西からの採光で年中明るい部屋でした。夏暑く、冬は隙間風で寒むかったです。


西側のお隣は敷地が広く低い戸建の家で、そのさらに隣も低い住居が続いていたので夕方にはうちには強い西日が差し込みました。


その、部屋が夕焼け色に染まる時、夕飯を作る前の母親が一服を入れる時間がありました。そのとき母親は、ぼぉーっと遠くを見つめたり、唐突に自分の過去の話を僕に聞かせたりしました。明るい話はあまりありませんでしたが、僕はその時間が嫌いではありませんでした。その母親の特殊な時間のことを、僕は‘夕焼けの憂鬱タイム’と呼んでいます。


次回の更新ではその‘夕焼けの憂鬱タイム’のことを書きたいと思います。Twitterでも何でもいいんで、更新通知が受け取れる状態にして更新をお待ち下さい。


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